芦屋国際特許事務所 ASHIYA INT'L PATENT AND TRADEMARK ATTORNEYS

ヨーロッパ統一特許(Unitary Patent: UP)及びヨーロッパ統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)

                  2023/04/10 (追記:2023/07/11)                     



1 ヨーロッパ統一特許(UP)は、EP出願に基づいて成立します。具体的には、EP出願に特許査定が出た際にヨーロッパ統一特許を選択すると、EUのほとんどの国で一括して特許が有効になります。ただしヨーロッパ統一特許は、英国には適用されません。ヨーロッパ統一特許を選択せず、今まで通り、特許が必要な国を個別に選択することもできます。

 ヨーロッパ統一特許の特許年金は、EU内の主要4カ国分程度になるとされています。従って、英国以外にEUの4カ国以上で特許権が必要な場合、ヨーロッパ統一特許をお考えになると良いと思います。多くの場合、ヨーロッパで特許を取得される国は、英国とドイツのみ、あるいは英国とドイツ+フランスまたはイタリーの3カ国です。どちらの場合も、英国以外に4カ国との条件を充たさず、ヨーロッパ統一特許は特許年金が嵩むためお勧めしません。

 弊所では、特にご指示が無い場合、英国以外に権利を取得される国がEU内の3カ国以下であれば、ヨーロッパ統一特許ではなく、今まで通りご指示頂いた国で個別に権利を発生させることが良いと考えています。
* 2023/7/11追記: お客様からご質問を受けたのですが、ヨーロッパ統一特許を成立させた後に、一部の国で特許が不要になっても、必要な年金はそのままです。4カ国で年金はバランスするそうですが、特許を国毎に放棄する可能性を考えると、ヨーロッパ統一特許は高くつきます。
* 2023/7/20追記: 英国がヨーロッパ統一特許に参加していないため、ヨーロッパ統一特許を選択すると、特許明細書を全文ドイツ語へ翻訳するなど、ヨーロッパ統一特許の公用語への全文訳が必要になります。なお、ヨーロッパ統一特許では英語は公用語ではありません。


2 ヨーロッパ統一特許裁判所(UPC)は、EP(ヨーロッパ特許)に基づいて発生した特許権について、侵害及び特許の有効/無効を管轄します。ヨーロッパ統一特許裁判所の管轄を受けるかどうかは、ヨーロッパ統一特許を選択したかどうかとは、関係が有りません。またヨーロッパ統一特許裁判所は英国とスイスをカバーしません。

 ドイツなどヨーロッパ各国の特許庁は、特許の無効審判を行いません。英国、フランスなど大部分の国は、裁判所が特許の有効/無効と侵害とを一括して判断します。ドイツでは、特許裁判所が特許の有効/無効を判断し、これとは別に通常の地方裁判所が特許の侵害を判断します。

 弁護士費用を含む訴訟コストは、ヨーロッパ統一特許裁判所はドイツ一国のコスト(有効/無効を判断する特許裁判所と侵害の有無を判断する地方裁判所の合計)より高いと予想されていますが、詳細は不明です。ヨーロッパ統一特許裁判所の裁判官はEU各国から募集されますが、初代長官はドイツ出身の方です。英国以外のヨーロッパ諸国の特許システムでは、ドイツの考え方が標準のようです。これらのため、ヨーロッパ統一特許裁判所はドイツの特許判例を受け継ぐであろうと予想されています(ドイツ代理人の予想)。しかしヨーロッパ統一特許裁判所の判決が未だ無いため、予想が正しいかどうかは不明です。

 英国以外で、ヨーロッパ特許の権利行使と有効/無効が問題になる国は、第1にドイツです。次にフランスかイタリー、まれにスイスかオランダ、だと思います。またドイツとフランスなどの複数の国で同時に特許訴訟が行われることは少ないと思います。多くの場合、侵害者(特許を無効にしたい人)が本国で特許無効訴訟を行うか、権利者がドイツなどの1国で侵害者を相手に侵害訴訟を行う、のではないでしょうか。またドイツの次に特許訴訟が考えられるのは英国ですが、ヨーロッパ統一特許裁判所は英国をカバーしていません。

 ヨーロッパ統一特許裁判所の管轄に入るかどうかは、特許毎に選択できます。今から7年間はUPCの管轄を受けないこと(Opt-Out)が可能で、特許の年金を支払う際に、年金管理会社などを通じて手続きできます。Opt-Outは、特許の成立時に限らず、いつでも申立が可能なそうです。ただし1件当たり100Euro程年度の手数料が必要なようです。なおOpt-Outしても、今から7年後に(観測によるとさらに7年延長され14年後に)、強制的にヨーロッパ統一特許裁判所の管轄に入ることになるそうです。

 ヨーロッパ統一特許裁判所での訴訟コストも判例も不明で、ヨーロッパ統一特許裁判所の管轄に服するかどうか(Opt-Outしないかどうか)は、合理的な決めようがありません。またヨーロッパで特許訴訟を行う可能性自体が低いことを加味すると、Opt-Outは重要なことではないと考えます。例えば、判例などが明らかになった際に方針を決めれば良い、と考えます。

 ヨーロッパ特許の成立時にOpt-Outし、今まで通り各国での訴訟を選択されることを、暫定的にお勧めしますが、わざわざOpt-Outするほどのことも無いと考えます。Opt-Outされるかどうか、一括して弊所にご指示頂けると誠に幸いです。

*注: EP特許庁での審決を、ヨーロッパ統一特許裁判所は管轄しません。従ってEP特許庁での審決は、今まで通り、EP出願に対する最終判断です。EP特許庁の審査は、新規事項の基準が異常に厳しい、動機付けの欠如が進歩性の判断で考慮され難いなど、日本特許庁とは異なります。しかしヨーロッパ統一特許裁判所の成立を契機に、EP特許庁の審査基準が米国-日本型の基準に歩み寄る可能性は低いと予想します。

*追記 2023/7/11: 大部分のお客様は、ヨーロッパ統一特許裁判所から、Opt-Outされませんでした。「費用を掛けてOpt-Outする程、ヨーロッパでの特許訴訟は多くない」と判断されたのだと推察致します。
                                  以上