芦屋国際特許事務所 ASHIYA INT'L PATENT AND TRADEMARK ATTORNEYS

EPOで異議を申し立てる

ヨーロッパ特許庁で異議を申し立てるのは難しい、お客様から何度かそう聞いたことがあります。当所でも、EPOで異議を申し立ててもなかなか成功しません。しかし逆にEPOで異議を申し立てられた場合には、苦労した記憶が余り有りません。異議を申し立てる側に不利な何か、特に日本から異議を申し立てるのに不利な理由が有ると思います。


 出願を審査したのと同じ審査官が異議を担当するので特許を維持したいとのバイアスが働くのではないか? とよく聞きます。私どもの記録では、特許までの審査と異議とで、審査官が同じケースも、審査官が別のケースも有ります。どちらも結果に大差はないように思います。


 異議理由の多くは進歩性に関することだと思います。EPOの異議では、”problem and solution”アプローチに従って、何故進歩性がないかを主張することが求められます。”problem and solution”アプローチでは、特許明細書の課題の欄から離れて、最も近い先行技術との差から課題を独自に決定し、この課題を解決するためにクレームされた手法を採用することが自明か否かを分析します。手順は、
① 何を最も近い先行技術とするか、
② 課題をどのように特定するか、
③ 課題を解決するために、クレームされた構成(先行技術との差異)を用いることは自明であるか?
の3段階です。”problem and solution”アプローチも慣れれば対応できます。別にこれが異議が難しい主な理由ではないと思います。


 EPOでの異議が難しい原因は、口頭審理にあると思います。EPOの異議は、口頭審理により即日結論が下されます。言語は英語、フランス語、ドイツ語のいずれでも良く、特許権者はドイツ企業なのでドイツ語で議論し、異議申立人は日本企業なので英語で議論することも可能です。また口頭審理においてクレームを補正することが可能で、例えば口頭審理の直前に補正クレームを提出し、口頭審理でこれをさらに限定するように補正することも可能です。もちろん、補正に対して異議申立人が口頭審理等で証拠を追加することも可能です。口頭審理で、クレームの補正に対し先行技術の追加調査が必要である、などと主張できるようですが、実際に現地代理人に主張してもらった経験は有りません。


 具体的な経験で説明します。ある事件で、口頭審理の少し前に特許権者がクレームの補正を求め、コピーが現地代理人から送られてきました。あわてて分析し、補正は明細書の裏付けが不十分で、補正された点は別の先行技術に記載されている、などの反論を現地代理人に指示しました。コストのこともあるので、口頭審理に出廷するのは現地代理人のみで、日本からは誰も出廷しません。クレームの補正に対し、一応の指示は現地代理人に送っていますが、特許権者がどのように主張したいのかは充分には分かりません。ここから口頭審理が始まります。特許権者は必要に応じクレームをさらに補正し、何故自明でないか主張します。反論点の概要は現地代理人に連絡済みですが、その場で補正が行われます。このため現地代理人が対応できない間に審理が終わり、”クレームを補正し、特許を維持する”との結論が言い渡されることになったようです。


 クレームが補正されない場合でも、やはり口頭審理が重要と思います。例えば先行技術に開示されているアイデアを具体化したものが本願発明かどうかが、争われているとします。異議申立人は、先行技術のアイデアを実施すると自然と本願発明になると主張したいと思います。特許権者は、先行技術のアイデアは本願発明とは別のもので、先行技術を実施しても本願発明にはならない、と主張したいと思います。ポイントは、先行技術の解釈と、それを実施する場合、当業者はどのようにするであろうかです。現地代理人が単独で口頭審理を担当するのは難しいと思います。 


 EPOでの異議申立が難しいのは、
① 口頭審理でクレームの補正が可能で、論点がその場で変化する、このため現地代理人がその場で対応するのは難しい、
② 仮にクレームが補正されない場合でも、デリケートな論点がポイントとなると、現地代理人が単独で対応することは難しい、
ためのようです。