芦屋国際特許事務所 ASHIYA INT'L PATENT AND TRADEMARK ATTORNEYS

日米欧での発明の単一性

「発明の特別な技術的特徴」に関連して、日米欧での発明の単一性を考えてみます。 
 
 米国での発明の単一性: 米国特許法の121条は"independent and distinct inventions"(独立した別個の複数の発明)は単一性が無いとし、特許庁長官はいずれか1つの発明に限定するように要求できるとしています。では単一性の有無は、クレーム自体から判断できるのでしょうか? それとも先行技術を調査してみないと分からないのでしょうか? この点について、審査マニュアル(M.P.E.P.)の806.02は、発明の単一性を検討する場合に限り、クレームは原則として先行技術に対する特許性を備えているものとする、としています。このことから米国での発明の単一性は、先行技術に対する新しさを要求するものではなく、別々で関連性が低いクレームを記載しないことを要求するものであることが分かります。


 EPOでの発明の単一性: ヨーロッパ特許法の規則44(1)は、発明の単一性の要件として、同一のもしくは対応する特別な技術的特徴(special technical feature)が複数の各クレームに存在することとしています。ここで特別な技術的特徴とは、クレームされた発明の先行技術に対する貢献を規定(define)するもの、とされています。日本の特許システムでの「発明の特別な技術的特徴」の起源は、ヨーロッパ特許法に有るようです。


 EPOでの発明の単一性のプラクティスはどうなのでしょうか? EPOは審査前にサーチレポートを出願人に送付し、発明の単一性が無ければその旨を指摘します。発明の単一性とは先行技術に対する共通の技術的貢献ですから、メインクレームに新規性が無いと、メインクレームと従属クレームとは共通の発明の技術的特徴を欠き、単一性を欠くとされます。発明の単一性を欠くクレームはサーチされないので、このままでは従属クレームはサーチされません。サーチされなければ審査もされないので、追加のサーチフィーを支払って従属クレームをサーチしてもらいます。次に例えば新規性の無いクレームを削除し、共通の技術的特徴をクレームに持たせれば解決します。EPOでの発明の単一性は先行技術との関係で決まるので、出願時に単一性があるかどうか予測することは困難です。しかし追加のサーチフィーを支払い、クレームを補正すれば対応できます。


 日本での発明の単一性: 問題は「発明の特別な技術的特徴」です。復習しますと、
① 発明の単一性とは共通の「発明の特別な技術的特徴」が有ることで、これが無いクレームは審査対象とならない(特許法施行規則25条の8)。

② 「発明の特別な技術的特徴」が無いとは、新規性が無い、または新規性は有るが単一の先行技術との相違点が周知、慣用、設計変更などであることを意味する。また先行技術には先願発明を含まない(特許・実用新案 審査基準Ⅰ.Ⅱ.2.2)とされています。従って、単一の公知文献から簡単に特許性を否定できるクレームが、「発明の特別な技術的特徴」を欠くとされるようです。

③ 発明の単一性の審査では、クレーム1に「発明の特別な技術的特徴」が無い場合、クレーム2,クレーム3の順に「発明の特別な技術的特徴」を探します。ただし関連性の低い特徴を追加したクレームに達すると、審査を打ち切ります。また「発明の特別な技術的特徴」を欠くクレームに、複数の従属クレームがある場合、片方のクレームに対してのみ「発明の特別な技術的特徴」を探します(審査基準Ⅰ.Ⅱ.4.2)。例えばクレーム1にクレーム2,3が並列に従属し、クレーム2に「発明の特別な技術的特徴」が無く、クレーム3はクレーム2に従属していないとします。この場合、クレーム3に「発明の技術的特徴」が有っても審査の対象とはならず、実務的にはクレーム2を限定し、「発明の技術的特徴」を持たせることになります。クレーム3を特許するには分割が必要です。
 
④ 1回目の拒絶理由通知を受けた後は、「発明の特別な技術的特徴」を変更する補正はできない(特許法17条の2第4項)。


 「発明の特別な技術的特徴」をSTFと呼ぶことにしましょう。例えばクレーム1~3が有り、いずれにもSTFが無い場合、どうなるのでしょうか? 審査基準Ⅲ.Ⅱ.4.3.2.は、クレーム3との関連性が高い特徴であれば、補正でクレーム3にSTFとして追加できるとしています。ここでクレーム1,2にSTFを追加する補正ができないことがポイントです。


 次ぎに不幸なパターンを2つ考えてみましょう。
例1: 出願にはクレーム1~3が有り、いずれもSTFが無いとされたとします。クレーム1がSTFが無いとされたのは用語が広すぎたためで、「通信端末」,「移動体」などの広い言葉でなく,「遠隔監視装置」,「搬送装置」などとしておけばSTFは有ったかも知れません。しかしSTFが無いとされた時点で、クレーム3のみが補正のベースとなり、クレーム1を補正することは無理です。そこでクレーム3を限定するか、クレーム1を分割するかが、実際的な対応になります。

例2: 上の例とは逆の例を考えてみましょう。出願には2つのポイントが有り、各ポイント毎に広い上位概念のクレームと狭い具体的なクレームとを作成したとします。
クレーム1:ポイントA(Aは例えば新規な化合物)を広く記載
クレーム2:ポイントAをa(aは新規化合物の具体例)と限定
クレーム3:ポイントAandB(Bは例えば添加物)
クレーム4:ポイントAandbと限定(bは添加物の具体例)
審査の結果、上位概念としての化合物Aは公知であるが、具体的な化合物aは新規で、クレーム2が審査対象とされたとします。以降の審査対象となるのは、発明の技術的な特徴である化合物aを含むクレームのみなので、クレーム3,4は補正しないと審査対象となりません。化合物aが特に重要であればこれで問題はないと思いますが、化合物aに限定したくない場合、クレーム3,4を分割する必要が生じます。


 日本のプラクティスの問題は、出願人の意図に沿わないクレームが審査対象とされた時に、補正によって審査対象を変更する手法が無い点です。ヨーロッパのプラクティスでは、発明の単一性が無いとされた際に、追加のサーチフィーを支払いクレームを補正をすれば、必要なクレームを審査対象にできます。日本のプラクティスでは、どのクレームが審査対象になるかは、クレームの記載順序と先行技術に対する特徴とで定まり、一度審査対象が定まると変更は困難です。


 どうしたら良いのでしょうか? どのクレームにSTFが有りそうかどうかは、出願時に予測できるでしょうが、正確な予想は困難です。それでも例えば以下のようにすれば、トラブルは少なくなると思います。
① クレーム1は今まで通りに書く。
② クレーム2から後は、審査対象として欲しい順に記載する。言い換えると、権利としての重要度の順にクレームします。
③ 外国出願との整合性は後回しにし、複数項従属を多用する。